英語にまるわるちょっとしたお話しをお伝えしていきます。

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2014.10.1  カティーサーク 〜紅茶を運んだ船〜

  イギリス滞在中、私はどうしてもグリニッジに行きたかった。グリニッジ標準時のグリニッジ、世界の海を支配していた大英帝国のグリニッジは“世界のおへそ”のような気がして。そして、帰国の途につく前日、テムズ河を下るクルーズ船に乗った。ロンドン中心地から南東へ約40分、最終地・グリニッジで下船、最初に息を飲んだのが目の前に現れた大きな船。美しい!見事な帆船に心奪われた私は、しばらく呆然と立ち尽くしこの船を見上げていた。そばに近づいてみる。“Cutty Sark? 聴いたことがことあるな・・・カティー・サーク、カティーサーク・・・ウィスキー?我が家のサイドボードに並べられてあったような・・・



本物を目の前に感動した私は、更にこの船について知りたくなった。”CUTTY SARK”英語で書かれた本を買い、小説に向かうような気持ちでその本を読んだ。カティーサーク号は、1869年に建造された当時としては世界最速を誇った大型快速帆船。この船の目的はただ1つ、中国から紅茶を運ぶため、しかも早く運ぶため。1834年自由貿易ができるようになるまでは、中国とヨーロッパの貿易を東インド会社が独占、紅茶は1年半〜2年かけてロンドンまで運ばれてきた。その後、清からロンドンまでいかに早く紅茶を運べるかが争点となり、『ティークリッパー』と呼ばれる快速船が建造され、毎年新茶が出回る時期により早く紅茶を運ぶ競うティーレースが始まった。カティーサークも、このティークリッパーであったが、その船出は少し遅れた。進水したのは1869年、1122日,翌年には600,000kgもの紅茶を8ヶ月かけて、中国からイギリスに運んだ。ところが、その後蒸気船が出現するようになり、ティークリッパーは姿を消していった。カティーサークも1887年を最後に紅茶輸送を引退、その後はニューヨークへジュードの輸送、ロンドンへのバッファローの角の輸送、オーストラリアからの羊毛輸送などを行う船として主にインド航海で活躍した。紅茶を運ぶティークリッパーとして造られたカティーサークだったが、その役割として海を渡った年数はわずか7年。世の中の変化、世の中の需要に応えていくしかなかった。 
  

     1954
年、カティーサークは現在の場所英国Greenwitchに運ばれ、ミュ—ジアムとして、一般公開されている。  


  今、改めてカティーサークに思い寄せ、世界地図を眺めながらの船の航海を追ってみる。浪漫だな〜  夢をのせて進水したカティーサークは、幾つもの海を越えて、幾つもの嵐や幾日もの太陽を浴びて目的地にたどり着いた。そしてまた次の航海へ。正に波瀾万丈。人の一生と同じように、船の人生、一生というものもあるような気がする。女性の一生のように思えてきたのは、この本でカティーサークは“she”で表現されていた。 She is one of the most famous vessels. She was survived it is also because she is beautiful. 美しいものは生き残る・・・?私たちは、次の世代の人達に何を残せるだろう。

 

〈参考文献〉
      ・CUTTY SARK  Souvenir Guide
      ・一杯の紅茶の世界史 磯淵 猛 著
      ・地球の歩き方 イギリス2014-2015

 

 

 

 

 

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