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2014.8.1 デュフィの青に秘められた思い

 

ノルマンディの海は青かった。どこまでも青かった。緩やかに弧を描き広がる水平線、目の前に広がる360度の大パノラマ、海の青と空の青はちょっぴり違う。空の色によって海の青色が様々な色彩の表情を映し出されるのかな・・・そんなことを考えながら海を眺めていた夏の終わり。昼になると人々は海辺にやってきて、太陽とこの海をただただ浴びに来る。寝そべって本を読む人、ぼんやり海を眺めている人、寄り添うカップル・・・海、というかここは大西洋から注がれるイギリス海峡。その向こうはイギリス、天気がいい日はイギリスの島が見えるという。
 
ノルマンディーにヴァケーションホームがある友人が、フランス滞在中の4日間をここに連れて行ってくれた。ル・アーヴルという町は、このフランス北部ノルマンディ地方にある港町、セーヌ川の流れがイギリス海峡に注ぎ込むところにある。モネが青年時代を過ごした町としても知られる。画家Raoul Dufy(1877-1953)はこの町で生まれ育った。
 
私がデュフィの絵と始めて出会ったのは、米メアリーウッド大学留学中。その頃、日々の予習とレポートに追われ、授業・図書館・寮の部屋の行ったり来たり、悶々と机に本に向かう日が続いていた頃、ふと図書館で見上げた1枚の絵に心を掴まれた。綺麗な青い空と海が印象的な光を浴びた絵、色の美しさと独特のゆるやかな線に惹かれ、しばし立ち止まる。心に爽やかな風が吹いた。私は一気に脳内ヴァケーションへ。その後も、私は勉強に行き詰まりそうになると、その1枚の絵を眺めに図書館へ行った。

 
あれから何度デュフィの絵に出会っただろう。県立美術館、仏・モンマッタン美術館のミュージアムショップで、画集で。残念ながらまだ原画に出会ったことはない。なんど見ても「あっ、デュフィ!」と心躍る。

 
先日新聞を読んでいたら、東京BUNKAMURAで『デュフェィ展』の案内、続いて、NHK『日曜美術館』でデュフィ特集。彼が”色の魔術師”と言われる所以、青に託した想いを知った。

 
音楽家を父に持つデュフィは10人兄弟の長男だった。彼の家は貧しく家計を支えるために14歳から輸入業者の事務所で働いていた。音楽、絵画をこよなく愛し16歳から夜学で絵を学ぶ。22歳の時、ル・アヴィル市の奨学金を受け、パリに渡る。大学で勉強するもなかなか芽が出ない。アンリ・マティスの絵画に圧倒され、あまりに影響を受け彼の絵に近づくことに必死になった。
 
「真似ではなく自分らしい作風とは・・・?」流れるときのなかで模索し続けるなか、彼の作品が成熟し世の中に認められるようになってきたのはパリに渡っておよそ30年後。青を象徴的に使い始めた。

青は、自分の作品を求め続けた彼がその混沌とした時の中で心のなかに見つけた故郷ル・アーヴィルの海の色、空の色、画家人生を決めた原点の色だった。番組で紹介された1枚のデュフィ作品は、窓から見える海辺と共に、机にも椅子にも青が塗られている。部屋に入り込んだ風の色、潮の香り・・・空気感を色で表していた。
 
なるほど、デュフィの青は空の色、海の色、風、空気、光の色。形なきものの色。ノルマンディの海を前にしたときの肌に訪れる感触を思い出す。何度出会っても、好きなデュフィの絵の原画を見たい。そしていつか、いつか・・・デュフィの大作『電気の精』(1937-1938 油彩)が収められているパリ市立近代美術館へ行きたい。縦10m、横60m巨大壁画の前に立ちたい。パリ万博の電気館に依頼を受けこの作品にはギリシャの哲学者からエジソンまで科学研究に貢献した108名がなどが描かれているという。光と電気、科学とファンタジー、自然と科学の融合。この作品にもやはり青が存在感を放っている。デュフィの青に包まれて、彼が青に秘めた思いに触れたい。  












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