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2013.2.1  八重さん研究

『龍馬伝』(2009年)に続き、先月から始まった『八重の桜』を観ている。日曜日8時から始まるNHK大河ドラマ、子どもの頃祖父が観ていた記憶があるけれど、自分では観ようと思わなかった。歴史ドラマは難しい、と食わず嫌い。それが『龍馬伝』をきっかけに観るようになり、今では日曜日夜のお決まり。楽しみにしている。

それというのも、レッツトーク!の卒業生であり今では友人のuyuが大河ドラマの撮影現場で働いているから。『龍馬伝』の製作部でアルバイトをしていた彼女は『八重の桜』では仕事となり、今現場にいる。何人かいる助監督の一人だ。

『八重の桜』は会津武士道の魂を守り抜きながら、生涯をかけて自分の可能性に挑み続け、人々の幸福のために闘い生きた山本八重、後の新島八重(1845-1932)と八重を巡る仲間達の愛と闘い、希望の物語。

八重(1845-1932)は、福島県会津に生まれ「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれた。銃を持ち、戊辰戦争を闘った。後に、同志社大学を創立した新島襄の妻となり、襄に「貴女は生き方がハンサムですね。」と言われるように、お互いを尊重し合い、襄の最愛の理解者となった。襄亡き後は日本赤十字社の正社員となり看護活動に身を投じ「日本のナイチンゲール」と呼ばれた。            (NHKホームページ参照)


1月6日、八重の桜第1回目、私はワクワクしながらテレビの前に座っていた。案の定、眼球が開くことしばしば・・・八重がスペンサー銃を抱え、戦いのシーンから始まった。八重は言う。「私、お役に立ちでぇ。いづか、強くなって若殿様にご恩返ししてぇ。」

八重さんが生まれ、生きた幕末から明治維新、その後は日本が大きな転換期を迎え混沌としていた時代。1853年ペリーが浦賀に来航し、鎖国が解かれたのもこの頃。何が正しくて、誰が正しいか、何を信じてどう進むか・・・誰もが模索していたのだろう。

この時代の日本、世界のこと、八重さんの生き様、八重さんを支えた人達、新島襄との出会い、同志社大学創設のこと・・・気になること、知りたいことが次から次へと出てくる。教育者として、茶人としての八重さんにも学びたい。

・・・ そして始まった八重さん研究。新島八重に関する本を購入、読み始めた。まずは『NHK大河ドラマ・ストーリー 八重の桜  前編』大河ドラマの教科書。毎回のストーリー、役者さん達のインタヴュー、時代背景等が写真と共に詳しく書かれている。他には『新島八重 ハンサムな女傑の生涯』『日本人の魂と新島八重』『新島八重の茶事ごと』他にも買うかも・・・本棚に『八重さんコーナー』ができそう。

触れる程に知る程にに感じることは、八重さんそして兄の覚馬さんの無私の行為。会津を、そして日本をよくしようと挑み、闘い続ける。会津戦争で戦い、女紅場(日本初の女学校)で教鞭をとり、襄を支える。その姿そのものに打たれる。それにしても八重さんを掻き立て、前に進めた原動力は何だったのか。私には、八重さんの家族、仲間そして日本に対する愛情に他ならなかったのではいなか、という気がしてならない。


『八重の桜』を追いながら、その時代に生きた人々の志、心に触れたい。八重さんや覚馬さん、決死の思いで日本を創ってきた人々の生き様に学んでいこうと思う。
日曜日夜8時大河ドラマの楽しみ。そして、八重さん研究は続く・・・

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